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神戸地方裁判所 昭和36年(わ)185号 判決

被告人 リハビヤ・ムーサイーフ

一八九四・一一・二八生 真珠商

主文

被告人を懲役六月及罰金七十万円に処する。

但右懲役刑については本裁判確定の日より三年間刑の執行を猶予する。

右罰金を完納できないときは金五千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

押収してある真珠(証第三号乃至第十四号の四)ダイヤモンド二個(証第十五号)オパール八十一個(証第十六号)エメラルド六十三個(証第十七号)は之を没収する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

一、罪となるべき事実

被告人はイスラエル国人であつて、スイス国ジユネーヴに於てレムレア養殖真珠株式会社を興し、主として真珠の買付、販売を業とし傍ら貴石類の売買をも取扱う者であるところ、たえず商用のため世界各地を旅行し、日本へも一九五七年以来少くとも毎年一回、真珠買付の目的を以て来遊しているものであるが、昭和三十六年一月三十日、妻リア・ムーサイーフと共に観光客としてアメリカ、ハワイを経由し、パン・アメリカン機で同日午前八時頃東京都羽田空港に到着した。その際、前記レムレア真珠会社宛発送すべく包装した真珠(ビルマ産二〇七個、日本産二二九個、アメリカ産四包五六〇、五瓦、この税額合計四四、六八〇円)と、ニユーヨーク、ロンドン、スイス等にて買求めたダイヤモンド二個(四、九六カラツト、この課税価額八一六、九〇〇円)オパール八十一個(三五〇、三九カラツトこの課税価格三一九、九〇五円)エメラルド六十三個(九五、六四カラツトこの課税価額二、四七一、八三〇円)を所持していたが、右の内貴石類について予めニユーヨーク、もしくはハワイで、包装したまま妻リアに預け置き税関係員には妻に応待させて同女の通関手続に関する無知を利用し、右真珠及び貴石類につき税関の許可を受けないで輸入し、かつ該物品に対する関税を免れようと企図し、同空港内東京税関羽田支署旅具検査所において妻リアと共に前記真珠及び貴石類を収納する旅具全部につき、税関係員の質問を受けたとき妻リアが全部身の廻り品(Personal effects)であると答えた。右のように有税品が含まれているので被告人に於て直ちに訂正し、右真珠及び貴石類につきその品名、数量等を申告すべき義務があるに拘らず敢て之をなさず、右リアの申告を信じた税関係員は観光客に対する旅具検査の方針(昭和三四年蔵税第一九一〇号通達)に従い、開披検査をなさずに通関せしめたため右物品を発見されることなく同所を経て日本国内に持込み、依つて、前記真珠、貴石類につき税関の輸入許可を受けず、かつ、詐偽不正の行為により関税を免れて之を輸入したものである。

二、証拠

(一)  冒頭より羽田到着迄の事実

1、貴石類の売買を取扱つていたとの点を除いて

一、被告人の当公廷に於ける陳述

一、法務省入国管理局登録課作成の外国人出入国記録調査書

一、羽田税関支署長山本清の兵庫県警察本部防犯課石井稔宛回答書

を綜合して之を認める。

2、貴石類の売買を取扱つていた点については

一、被告人の検察官に対する昭和三十六年二月十六日付供述調書

一、証人大村定七、同呂燦淋、同吉田隆文、同坂本貞雄、同太田利秋の各証言により、二、三年以前より本邦内に於て貴石類を売りに歩いていた事実

一、警部補大石三郎右衛門作成の差押調書、及右太田利秋の証言により、被告人が宝石専問の秤及ゲージを所持していた事実

を綜合して之を認める。

(二) 真珠及び貴石類につき

1、前記羽田到着当時被告人及び妻が之等の物品を所持していた事実は

一、所有権の帰属についての点を除き被告人の当公廷に於ける供述及びリア・ムーサイーフの証人尋問調書

一、真珠につき巡査部長堀尾寿男作成の捜索差押調書(昭和三十六年二月五日付)及び押収してある真珠(証第三号乃至第十四号の四)の存在

一、貴石類につき警部補大石三郎右衛門作成の差押調書(昭和三十六年二月一日付)及び押収してあるダイヤモンド二個(証第十五号)オパール八十一個(証第十六号)エメラルド六十三個(証第十七号)の存在を綜合して認める。

2、その重量、課税価格及び税額につき、大蔵技官前田信雄作成の鑑一三一号、及び鑑第一五一号各犯則物件鑑定書により認める。

3、何れも課税物件であることにつき

真珠は関税定率法別表輸入税表第四類四二四により貴石は同第十二類一二一一ノ二により、各その価格の一〇%の税を課せられることになつているが、再輸出免税もしくは再輸入免税を受ける場合があるのでこの点について詳述する。

まず、真珠については前記認定の通り日本に輸入して直ちにスイス国に向け発送すべき商品であることは疑いないが、関税定率法第十七条第一項に規定する貨物に該当しないから、免税を得るためには保税手続に依るほか方法がない。又右の真珠が以前日本に於て買入れたものであるという理由で再輸入免除に該当するかどうかについては、同法第十四条第十号及び同施行令第十六条に従い、輸入申告の際に当該貨物の輸出の許可書もしくは税関の証明書を提出しなければならないのであるから、本件真珠が仮に五年以内に日本で買求めたものであるとしても右の証明書類の提出がない以上免税を受けることが出来ない。

次に貴石類の再輸出の点であるが、加工の目的で輸入し之を再輸出する場合についての規定である関税定率法第十七条第一項第一号による同施行令第三十一条に、貴石類は含まれておらない。従つて仮に被告人主張のように加工のため輸入するものと仮定しても免税されないものと言はなければならない(この項大井証言参照)

4、何れも被告人の所有物であることについては

一、被告人及び妻リアの各検察官に対する供述調書

一、太田利秋の当公廷に於ける証言により、ダイヤ二個(証第十五号)エメラルド三個(証第十七号)を販売目的で所持していたこと

一、押収してある手帳(証第二号)

一、リア・ムーサイーフの証人尋問調書中右貴石類を特に区別せず他と同様の包装によりスーツケースの中に収納していたこと

を綜合して之を認める。

(三) 関税逋脱及無許可輸入の犯意及び詐欺不正の行為により関税の支払を免れたことについて

一、被告人の検察官及び司法警察員に対する昭和三十六年二月十六日付及び同月十七日付各供述調書

一、被告人の当公廷に於ける供述中、各国の通関手続に関する項

一、羽田税関支署長山本清の昭和三十六年二月十日付神戸地方検察庁宛R Moussaieffの入国にさいしてと題する書面に、被告人が昭和三十四年二月四日及び同月十九日の二回、真珠合計三ケースを保税上屋に保管した事のある事実及び過去数回入国に際し有税品について申告していなかつた事実

一、前記大村定七、太田利秋、吉田隆文、坂本貞雄等の証言により昨年又一昨年に於て被告人が貴石類を同証人等方へ売りに行つた事実

一、リア・ムーサイーフの検察官に対する供述調書

一、倉又安嘉の証人尋問調書(速記録)

一、被告人の当公廷における供述により、商用の目的であるに拘らず観光客として入国査証を受けている事実、及び前記法務省入国管理局登録課作成外国人出入国記録調査書に添付してある被告人の入国許可申請書の職業欄にRetiredと記載してある事実

一、大井三郎の証人尋問調書により一九六〇、一、一二被告人が入国した際は、口頭申告制度になつていた事実

一、町田昭二の証人尋問調書中、口頭にて輸入申告をなすことは旅客一般の常識であるとの供述

一、当裁判所の検証の結果

を綜合して認める。

三、法令の適用

本件に適用せられる法令については、まず、国際法に如何なる規定が設けられているかを考えてみなければならない。国際法と国内法の関係に関して、日本国憲法第九十八条第二項は、条約の国内法的効力を認めている事は明かであつて、この条約遵守主義は弁護人の主張と同じく条約優位を謳つているものと解せられる。又関税法第三条には、条約中に関税について特別の規定があるときは当該規定による旨定めているから、まず、本件に関連のある条約について検討してみなければならない。そこで弁護人主張の各条約の中次の三つについて調べてみる

一、関税及び貿易に関する一般協定(一九五五年九月十日日本国に関して効力発生、以下GATTと略称する)第八条

二、国際民間航空条約(一九五三年十月八日、日本国に関して効力発生、以下ICAOと略称する)

三、観光旅行のための通関上の便宜供与に関する条約(一九五七年九月十一日発効、以下観光条約と略称する)

まず、前記GATT第八条第三項に所謂「締約国は税関規則又は手続上の要件の軽微な違反に対して重い罰を課してはならない、特に税関書類中の脱落又は誤記で容易に訂正することができ、かつ、明かに不正の意図、又は甚だしい怠慢によるのでないものに対する罰は単に警告として必要なものを超えてはならない」旨の規定は、同条の輸入及び輸出に関する手数料及び手続に関するものであつて、単に手続上の軽微な違反に対して重罰を科してはならない趣旨であることは不正の意図もしくは甚だしい怠慢による場合を除外している点よりみて明かである。従つて関税逋脱等の実質犯に対してはその適用をみないものと言はなければならない。(鈴木正鑑定書参照)

次にICAO条約第二十二条及び第三十七条に基ずき一九五九年十二月ローマ会議で採択された条約附属書第九(第四版)第三章第十一項に規定する旅客の口頭申告制に関する問題であるが、我が国に於ても、右条約の趣旨に従い、昭和三十四年(一九五九年)十二月二十六日大蔵省主税局税関部長通達、蔵税一九一〇号により口頭申告制を採り、旅具検査方針として、入国旅客の携帯品に対しては一般旅客と観光客とに分ち、前者に対しては開披検査の要否は係官の裁量に委ねているが、後者即ち観光客に対しては特に疑わしい場合以外には開披検査は行わない旨指示している。

右に所謂口頭申告の認められる携帯品というのは、後に観光条約に関する項にて説明するように身の廻り品personal effectsを指すのであつて、身の廻り品以外の有税品については別途に書面申告をなさなければならない(大井証言参照)つまり従来身の廻り品までも一々書面にて申告しなければならなかつた煩を避け、通常身の廻り品のみしか所持していない観光客等の便宜を計る趣旨で口頭申告を認めたものであるから、旅客が税関係員の質問に応じて全部身の廻り品であると答えた場合は携帯品中課税物件はないと答えた事であるから、仮に、税関係員に於て開披検査をなす権限を留保し、右旅客の答申を信用して右権限を行使せず通関させたとしても、携帯品中に課税物件があつた場合は、それに対して輸入の許可を与えたものと断ずるわけにはいかない。つまり課税物件を所持する旅客はあくまで申告を為す義務があるわけであつて、係員が具体的にその品名を例示してその所持の有無を尋ねなかつた場合でも申告義務の有無に影響はない、

最後に観光条約について

この条約の標題の原文は

Convention concerning customs facilities for touring the contracting statesとなつており観光客という文字は用いていない

まず第一条(b)の旅行者(tourist)の意義については「人種、性、言語又は宗教の如何を問わず、観光、リクリエーシヨン、スポーツ、保健、家事の理由、研究、宗教的巡礼、商用その他移民以外の適法の目的のため自己の通常居住する締約国領域以外のいずれかの締約国領域に入り、かつ、その領域に二十四時間をこえ六ヶ月をこえない期間滞在するものをいう」と規定しており、弁護人主張のように被告人が右の旅行者であることは疑いないが、入国管理局では旅行者の内観光とか商用とかに分けて入国査証を与えており又前述のように通関手続に於ける待遇が異つているのである。

又第二条には携帯品につき一時的免税輸入の許可につき定めているが、まず、第一項には

各締約国はこの条約の他の規定に従うことを条件として旅行者が輸入する携帯品(personal effects以下同じ)に対し一時的免税輸入を許可するものとする。ただし携帯品については、その旅行者の使用に供するものであること、その者が身につけて又は携帯荷物として搬入するものであること、濫用のおそれがないこと及びその者が出国の際に再輸出することを条件とする。

とし第二項には更に附加して

「携帯品とは旅行者が入国する際の諸事情にかんがみてその者が相応の範囲で個人的に必要とするすべての衣料品その他の物品(新品であると使用したものであるとを問わない)をいう、ただし商業上の目的で輸入する商品を除く

と規定し、関税定率法第十四条第七号は右と同趣旨の内容を謳つている、又本件に関する事項としては右条約第二条第三項に身の廻り品となる物品を掲げ「自用の宝石類」をその一つに挙げているが、これは同項但書に当該物品が使用中のものと認めることができる場合に限ると定めているから本件の貴石類のように加工していないバラの貴石であつて使用中のものとは認められない物は商業上の目的の有無に拘らず携帯品の中には含まれないと言わなければならない。

次に同条約第十二条と関税法第百十条との関係であるが、同条の原文は

Any breach of the provitions of this convention, any substitution, false declaration or act ha-ving the effect of causing a person or an artical improperly to benefit from the system of importation laid down in this convention, may render the offender liable in the country where the offense was committed to the penalties prescribed by the laws of that country.

とあり、即ち、「いづれかの者又は物品がこの条約に定める輸入方式から不当に利益を受けることとなるような、すり替え、虚偽の申告その他不正の行為によりこの条約の規定に違反した場合は、違反者を違反行為が行われた国に於てその国の法令で定める刑罰に処することが出来る」と規定している。

右の中すり替えsubstitutionの文字が邦訳の条文には欠けていることは弁護人指摘の通りであるが、関税法第百十条第一項第一号にも詐偽その他不正の行為により関税を免れ云々と規定しており、右条約に規定する処と内容に於て異らない。又弁護人は、右原文のbreachは条約の積極的違反即ち積極的に詐偽、不正の行為があつた場合に限られ、本件のように妻リアが申告したのであつて被告人は何等積極的な行為がなかつたから右条文の違反にはならないと主張するのであるが、前記認定のように妻リアの全部身の廻り品であるとの虚偽の申告に対し被告人は之を容易に訂正が出来る場所的、時間的関係にあつたにも拘らず、故意に之を怠り、右の虚偽の申告を維持した場合は、不正の行為によつたものという事が出来るから、弁護人の主張には賛成出来ない結局右の国内法は条約の趣旨を折り込んだもので両者の間に矛盾てい触する点がないから本件については国内法の罰則を適用する。依つて判示所為は関税法第百十条第一項第一号第三項及び第百十一条第一項に各該当するところ右は一所為数法の関係にあるので刑法第五十四条を適用し重い関税逋脱罪の刑を適用し被告人を懲役六月及び罰金七十万円に処することとし右懲役刑については、被告人の初犯であり、かつ老令であること、真珠は国内で販売せず発送の目的であつたこと、又貴石類については、加工していないものについて税金を課していない国があり、(鈴木鑑定書参照)又本件貴石が国内に於て販売されていなかつたこと等の情状を考慮し同法第二十五条第一項により三年間刑の執行を猶予することとし、罰金不完納の場合は同法第十八条により金五千円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとし押収にかかる真珠及び貴石類は前記関税逋脱罪にかかる貨物であり被告人の所有であるから関税法第百十八条により之を没収することとし訴訟費用については刑事訴訟法第百八十一条により全部被告人の負担とする。

(裁判官 山田常雄)

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